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『名もなき風たち サッカーボーイズU-16』(角川書店)

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舞台は強豪高校サッカー部。無名の高校生16歳の武井遼介を主人公とした、リアル青春サッカー小説。

『サッカーボーイズ・シリーズ』を読んでいただいた読者の方にも、また、読んでいない方にも、新たな高校サッカー小説として、楽しんでいただければと思っています。

■内容紹介(帯より)

2011年、高校生になった武井遼介は、関東の強豪サッカー部に入部する。東日本大震災から1ヶ月、ふつうにサッカーができる現状に葛藤を抱きながら、遼介は新入部員約50名でスタートした部活に励む。しかし、全国大会を視野に入れたレベルの高い部内では、1年生チームの中ですらポジションを確保できずにいた。やがて1年生は2チームに分裂し、紅白戦が開催されることに。勝敗によって両チームの選手を入れ替えるサッカー版“大富豪”という特殊ルールで、遼介はチーム内での立場を思い知らされ、夏の1年生大会、ルーキーズ杯へと向かう――。

『サッカーボーイズ 卒業 ラストゲーム』(角川つばさ文庫)

※ 総ルビ(すべての漢字にふりがながふられた)小中学生版になります。今月11月中旬発売予定です。

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以下、出版社紹介文より

「サッカーボーイズ」シリーズ、ついに感動の完結巻!

県大会出場をかけた大事な試合で、右膝にケガを負った遼介。さらに草間監督までもがベンチで倒れ入院してしまう! 遼介たち3年生にとって中学最後の大会となる夏の総体はもう目前!! 彼らにはいったいどんな結末、ラストゲームが待っているのか……? そして遼介と美咲との関係に進展は……!? がむしゃらでただひたむきにサッカーに打ちこむ少年たちの姿を描いた大人気シリーズ、ついに感動の完結巻!

※作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

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2017年1月13日 (金)

全国高校サッカー選手権が幕を閉じて

年末から正月、そして成人の日にかけて、なにやら慌(あわ)ただしい日々を送りました。仕事や挨拶回りで忙しかったというわけではなく、おそらくそれは、高校サッカー選手権のせいです。その間の熱狂について書きたいこともいろいろあるにはあったのですが(たとえば決勝戦で青森山田が使った超攻撃的なキックオフ戦術の意味するところや、今大会のグッドルーザーたち、なぜ高校サッカー選手権がこれほどまでに人気を集めるのか等々)、本来の僕の書くべき範疇ではなさそうでもあり、小説の肥やしとして、脳に鋤(す)き込んでおくことにしました。

先日、去年の終わり頃から始めたTwitterの通知に、ある方から、こんな案内が届きました。

「6日付『日刊ゲンダイDIGITAL」、「BOOKS」欄で著書が取り上げられております」

僕はまったく知らなかったので、そのようにリプライした次第です。

その後、KADOKAWA文芸部のツイートでも、日刊ゲンダイ」(1月6日)の「北上次郎のこれが面白極上本だ!」というコーナーで、「名もなき風たち サッカーボーイズU-16」の紹介があったとありました。記事からも察することができますが、北上次郎さんには、僕の処女作である『サッカーボーイズ再会のグラウンド』からずっと読んでもらっているご様子で、とてもありがたく思っています。

○「北上次郎のこれが面白極上本だ!」詳しくは▼こちら▼をご覧ください。

http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/196978

自分の作品を続けて読んでもらうことは、作家にとって、それがどなたであっても、これ以上にない光栄なことだと思っています。作家は、サッカーの選手と同じく、多くは短命で、連載であれば1作、ほぼ1年契約、うまくいかなければ当然クビを切られる立場にあります。おかげさまで僕の場合は10年プレーできましたが、これからも緊張感を持ちつつ、ピッチに立ち続けたいと思っています。

あらためて高校サッカーについていえば、僕が書こうとしている物語の登場人物たちは、おそらくは各種のメディアで取り上げられるような知名度のある選手たちではありません。だからこそ、そういった「名もなき風たち」についてのストーリーを書きたいと思っています。彼らのそれぞれに書くべき物語がある。そのことを強く信じて。

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2017年1月 5日 (木)

幸せな場所、幸せな時間

大晦日から帰省している高校生の息子が身体を動かしたいと言うので、「どこにする?」と尋ねたら、「あそこにしよう」という返事。「ああ、あそこね」と僕は返事をした。そこは僕たちのあいだでは、最上級のトレーニング場所。車で小一時間かかるが、平日なら人も少なく、おそらく好きなようにボールを蹴ることができる。

車で出発してすぐ、僕がサッカーバッグを載せ忘れたのに気づき、自宅に引き返すハプニングがあったが、到着したお目当ての芝生広場は、だれもおらずまさに僕らの貸し切り状態。広場の奥まで歩き、コーンやマーカーを置き、各自アップを始める。ひんやりとした空気のなか、ゆっくり走りだせば、足元から芝生の香りが匂い立ち、風を切る音がする。空は薄いブルー、それほど寒さも感じない。ストレッチをしてから、どちらともなく、ひさしぶりにボールを蹴り合う。

息子とは、彼が小学生に上がる前から一緒にボールを蹴ってきた。近所の公園、マンションの中庭、学校のグラウンド、教えてもらった高い壁のある広場、河川敷。そのいずれの場所も、僕にとっては思い出深い場所であり、過ごした時間は幸せだった。

余計なことはなるべく言わずにふたりでボールを蹴る。試合でも見せていたターンを誉めると、それは以前父さんが教えてくれたのだと言われた。一瞬考え、そういえばそうだったような気もした。少しだけ笑い合う。

どこか特別な場所へ行かなければ、楽しめなかったり、喜べなかったりするより、いつもの場所で静かに幸せを感じることができる、そのことに感謝をしながらしばらくボールを蹴った。

明日、息子はまた家を離れる。今度ボールを一緒に蹴ることができるのは、いつだろうか。

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2017年1月 2日 (月)

本年もよろしくお願いします

大晦日、元旦と、とても質の高いサッカーを観ることができました。カテゴリーは異なるけれど、この国のサッカーの最高峰と呼べる試合だったように思います。高校サッカー選手権1回戦の市立船橋VS京都橘、天皇杯の鹿島アントラーズVS川崎フロンターレ。レベルが高くなるということは、すべてにおいてスピードが速くなる、そのことを改めて見せつけられた想いです。

市立船橋VS京都橘の試合は、これまで観戦した高校サッカーのなかでも群を抜いた質の高いゲームでした。市立船橋のコーナーキックひとつとっても、やはりスピードがちがいました。敗れはしましたが、京都橘の岩崎悠人選手は、日本代表における試合よりも個の力を存分に発揮して見せたように思います。

元旦は、ほぼ天皇杯に費やした印象です(笑)。延長の末、底力を見せつけた鹿島アントラーズ。リーグ戦年間勝ち点では3位からのリーグ優勝でしたが、続くクラブワールドカップ準優勝、天皇杯優勝という結果で、自ら強さを証明してみせました。表彰式の映像から、アントラーズ・ファミリーという言葉が自然に頭に浮かびました。キャプテンの小笠原が石井監督に天皇杯を手渡し、セレモニーで杯を掲げる役を譲ったシーン。チームから離れる選手たちに、まず杯を手渡していく場面。激しい試合が終わったあと、仲間を認め合う姿は清々しく、彼らの情の厚さに胸を打たれました。

今年も多くのサッカーの試合を観戦することになりそうですが、きっと新しい発見や出合いがあることと思います。引き続き、『名もなき風たち サッカーボーイズ』の連載に注力しつつ、新しいジャンルの物語の執筆にもチャレンジしていこうと思っています。

本年もどうぞよろしくお願いします。    はらだみずき

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2016年12月30日 (金)

本気でサッカーをやるということ

高校サッカー選手権が開幕しました。全国から予選を勝ち抜いた強者たちが繰り広げる試合が楽しみです。

本気でサッカーをやるということは、どういうことなのか。小説を書く上でも時々考えるのですが、具体的な答えはなかなか見つからず、今では想像に頼る機会が多くなりました。ただ、1番身近なプレーヤーである息子が家に残していった何本ものストッキングを目にして、もしかしたらこういうことなのかもしれないな、と先日ふと思いました。

彼が使っていたストッキングは、自分がサッカーをやっていた当時のものとはあきらかにちがっていることに気づいたのです。僕らの時代にはストッキングに穴があけば、母親に縫ってもらい使っていましたが、今はそうするのは少数派かもしれません。彼もそのようです。

とはいうものの、彼のストッキングは直そうにも直せない状態のものばかりでした。擦り切れた爪先には穴が五つ(もしくは穴がつながって大きな横穴となっている)、かかとは穴という程度ではなく、最早ありません。一足ではなく、すべてのストッキングが、ほぼそのような状態でした。
驚いてそのことを尋ねると、「みんなもそんなもんだよ」とあっさり言われてしまいました。試合のときにだけ、少しでもマシなストッキングを選んで履くのだと。穴があいたら、新しいものを買ってもらう、そんな発想はこれっぽっちもなく、それがふつうのことになっているようでした。

うまくもないのに母親を騙すようにしてニューモデルのスパイクを買ってもらい、靴底のスタッドがまだ減らないうちに次のスパイクに手を伸ばしていた高校時代の自分が恥ずかしい。

その素晴らしく使い込まれたストッキングは、今でも捨てずに取ってあります。だれかのためではなく、ときどき手にして眺めては、自分の怠惰を改めるために。今年覚えた、サッカーのストッキングの新しい使い道です。

▽▽▽▽▽

この1年、僕のブログにお付き合いいただきありがとうございました。リニューアルも考えたのですが、当面は今まで通りかもしれません(タイトルは変えようと常々思っています)。

日常的には、Twitterをはじめましたので、そちらのほうも、のぞいていただければ幸いです。

もちろん小説こそが、僕にとっての最高の芝生のピッチであり、これからもそこでのプレー、表現を続けていこうと思っています。

よいお年をお迎えください。

はらだみずき

 

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2016年12月26日 (月)

書店人 児玉憲宗氏を偲んで

今年もあとわずかとなりました。この1年もさまざまなことがありましたが、なかでも『サッカーボーイズ・シリーズ』の続編にもあたる、『名もなき風たち サッカーボーイズU-16』を出版できたことは、僕にとって格別な出来事でした。

ただ、その作品を読んでほしかった方に、読んでいただくことが叶いませんでした。

「件名: ご存知かと思いますが」というメールが届いたのは、10月上旬。僕はまったく知りませんでした。本文には、「児玉さんがお亡くなりになりました。とても残念でなりません」とありました。書店員である児玉さんの訃報を知らせてくれたのは、出版社の営業マンでも、編集者でもなく、元書店員の知人でした。

書店員である児玉さんとは、僕がまだ20代後半、出版社の営業マン時代に知り合いました。中国地方への出張の際、児玉さんが店長をしていた郊外店にバスで訪ねたのが付き合いの始まりだったのですが、といっても、それから何度も顔を合わせたわけではなく、飲み明かすような間柄でもありませんでした。それでも不思議な縁を感じ、通じ合っているような気持ちがずっと続いていました。おそらくそれは彼も同じだったように思います。

30代の後半になって職場を移った僕が、再び出版社で働き始めた際、なんとなく気になって児玉さんに電話をしました。すると児玉さんは今入院しているとの話で、早とちりをした僕は、交通事故に遭ったのだと思い込んでしまったのです。というのも、僕がお店を訪れた際、児玉さんは会社の軽自動車に僕を乗せ、次の郊外店まで運び、僕の営業が終わるまで時間を潰し、また次の店へと連れていってくれたときの印象が強く残っていたからです。僕が勤めていたのは零細出版社であり、なぜこの人はここまでしてくれるのだろう、とそのときは不思議に思ったくらいです。

悪性リンパ腫を取り除く手術後、児玉さんが車椅子に乗って職場に復帰したと噂で聞いたのち、突然本人から会社に電話がありました。児玉さんは明るい声で、僕が編集者になって初めて僕の意思で編集した書籍を、ある雑誌で紹介したからと興奮気味に話してくれました。その本は僕が以前務めていた会社で編集したもので、すでに1年以上が経っていたのですが、ひどく気に入ってくれている様子で、僕は素直にうれしかった。その電話を借りて、児玉さんに車椅子の生活について尋ねました。すると彼は笑って、「棚の上のほうにある本が取りにくくなったくらいで、あとはとくに変わらないんだ」と明るい声で言ったのです。僕は言葉が出ませんでした。車椅子の高さで生きる、ということを、すでに児玉さんは前向きに決意していたのです。

その後、僕は人生の転機を迎えることになります。「サッカーボーイズ 再会のグラウンド」を書き上げ、それを本にするという話が浮上したのです。この拙い作品を世に出してよいものなのか不安になった僕は、信頼している2人の書店員さんに、本の原稿を読んでほしいと依頼しました。本読みである人に意見を聞きたかったからです。その1人が児玉さんでした。

ありがたいことに2人とも原稿を読んでくれました。児玉さんからは熱烈な感想をいただき、その際、この作者はいったい何者なのかと問われ、「僕です」と白状をしました。彼は驚くと共に、「サッカーボーイズ 再会のグラウンド」の出版に賛成してくれました。

その後、本を出した僕が会社をやめざるを得なくなり、はらだみずきとして小説家の道を踏み出してからも、児玉さんは僕の本を読み続けてくれました。そして書評を書く機会があると、件名に「啓文社、児玉です」といういつものメールを届けてくれました。彼からもらう心のこもった感想は、当時気持ちが不安定だった僕の心の支えとなりました。その頃だったはずです。電話で話した際、「いつか児玉さんとのことを書かせてほしい」と言ったことがあります。彼は笑いながら「書いてよ」と言ってくれたのを覚えています。

児玉さんから最後にもらったメールは、今年の4月1日付けです。そこには、はらだみずきの文庫『たとえば、すぐりとおれの恋』の解説を僕が依頼したことを喜んでくれている言葉があり、しかし書店員は本を売るのが仕事であるから、さっそくこの本を出版社に注文したということなどが書かれていました。そして最後に、「今後もご活躍を本当に本当に心からお祈りしています。また、お会いできると良いですね」とありました。

僕も児玉さんとはいつか会える、そう信じていました。児玉さんが車椅子の書店員となってからは、一度も顔を合わせていませんでした。

児玉さんはSNSなどを利用して、自分が読んだ本の感想や日常を書き留めて発信していました。せめて僕がもう少し彼とそれらを介してでもつながっていれば、彼の置かれている状況や、会うきっかけもつくれたのかもしれない。そう思いました。訃報を聞いた夜、僕にできたことといえば、夜遅くまでひとりで酒を飲みながら、めそめそと泣くことくらいでした。

児玉さんに僕の10月新刊、彼が世に出すことを後ろ押ししてくれた『サッカーボーイズ』の続編ともいえる、『名もなき風たち』を届けられなかったことは、とても残念な出来事でした。そんな僕にできるのは、半年後にこの世を去ることになる彼からもらった祈りの言葉を忘れずに、小説を書き続けることだと思ってます。そして内向きばかりにならずに、彼が僕の本を売るために書店員として精一杯努力してくれたように、少しでも多くの読者に作品を読んでもらえるよう、自分なりにできることを始めることのような気がしています。

最期まで書店人として生きた児玉さん、サッカーが好きだった児玉さん、僕の本を読んでくれた児玉さんは、僕にとって最高のサポーターでした。

どうぞ安らかにお眠りください。

僕のなかで児玉さんは、いつまでも笑顔の似合う、兄貴のような書店員です。

ご冥福を心よりお祈りしています。           はらだみずき

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2016年12月19日 (月)

クラブW杯決勝を観戦

昨日は家族でアントラーズ対レアルの試合を観た。巨人に立ち向かう鹿島のクラブを多くの人たちが応援した。そして彼らは多くの人たちに勇気と感動を与えた。代表戦ではない試合で、これほどまでに興奮したのは自分自身初めてのこと。彼らは確かに世界を驚かせた。サッカーっていいな、と改めて思えた。

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2016年12月 6日 (火)

感想文(400文字以内)募集! キャンペーンのお知らせ

以下、カドカワさんからのお知らせ引用になります。

累計56万部突破の青春サッカー小説の傑作「サッカーボーイズ」シリーズ最新刊『名もなき風たち サッカーボーイズ U-16』 高校を舞台によりリアルに展開する本作の発売を記念し、はらだみずきさんのサイン本プレゼントキャンペーンを実施中です!

「名もなき風たち サッカーボーイズ U-16」を読んで感想を送ろう!」

感想をいただいた方の中から抽選で5名様にはらだみずき氏のサイン本をプレゼント!

応募についての詳しい内容は、以下サイトにて。

※「慣れないサインですが書かせていただきます。ご感想をおまちしております」はらだみずき
 
 

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2016年11月28日 (月)

スピードを落とせば、見えてくるものがある ③-完

※『スピードを落とせば、見えてくるものがある①②』を先に読むことをオススメします。

このままでは日が沈むまでに出発地点の館山に帰れそうもない。そう判断し、ライトを確認したところ、電池が切れている。スパーマーケットに寄り、単3電池と赤飯おにぎりを買い、無料でもらえる氷を袋に入れて店をあとに。小粒の氷は膝に巻いたサポーターのなかに詰め込むようにしました。少しでも痛みが引けばと思っての浅知恵です。

再び自転車で走りはじめます。

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日没は早く、黒い影が忍び寄るようにあたりは暗くなっていきます。前後の点滅灯のスイッチを入れ、電池を補充したライトで前方を照らします。以前何度か車で通った道であるはずですが、ロードバイクで夜間走行するのは初めてのこと。やや緊張しながら外房黒潮ラインを進みます。春は花畑のきれいな江見を通り過ぎ、クジラ漁で知られる和田浦を目指しました。

やがて道路は海から離れ、内陸へ入ると、道が混雑してきました。ちょうど通勤帰りの車のラッシュアワーとぶつかったのでしょう。目的地は近い。しかし渋滞してきたせいか、単に気づいていないのか、自転車に幅寄せしてくる車もなかにはいて、何度かひやっとしました。かと思えば、右側通行の自転車のライトがそのまま向かってきます。車のマナーもそうですが、自転車のマナーもよい方向に向かっているようには残念ながら思えません。

スマホのバッテリーが切れたため、アプリに表示されていた地図も使えなくなり、自分がどこを走っているのかわからなくなりました。まだ着かないのかと気落ちしたとき、不意に見覚えのある十字路に差しかかり、すでに自分が館山市街に帰ってきたことを知ったのです。

午前9時に出発してから、9時間が過ぎ、走行距離は105キロに達していました。100キロといえば、中学3年生のときに自転車で走って以来。僕にとっては、ちょっとした日常生活の冒険となりました。後日、サイクリングショップの店主に、「ロングライドでは、100キロがひとつの壁になります。走れたら、次はセンチュリーラン、160キロですね」と言われました。

▼自転車での走行経路 ↓ いちばん下(南)の赤丸地点、千葉県館山から内陸部を北上、60キロ地点の先の三島湖で引き返し、帰りは鴨川を抜け、平坦な海沿いを南下し、なんとか帰ってきました。

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翌日は筋肉痛で歩行困難な状態に近かったのですが、世話になった家の庭の草を電動の草払い機を使って刈り、再び車に自転車を積んで帰宅。ハンドルに掛け、一緒に旅をした、おじいさんにもらったお土産は、庭のナツツバキの枝に吊してみました。クズのツルで編み込んだ小さなカゴのなかに、松ぼっくりの小人がのぞいています。

こんな感じに ↓

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スピードを落とせば、見えてくるものがある。

それは、たとえば沿道に咲く名も知らぬ花、クズのツルで老人が編んだというカゴ細工、橋の欄干から望む紅葉、無人の売店に置かれた1束100円の敷き藁、哀しいけれど路側帯でぺちゃんこになった仔猫の亡骸。

また自転車で走りに行こう。

 

 

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2016年11月25日 (金)

スピードを落とせば、見えてくるものがある ②

高い山がないと言われる千葉県ですが、それでも坂道はもちろんあります。特に今回走った内陸部は、ここは箱根か?と僕に思わせるような難所もありました。自転車で通るにはちょっとスリリングな長いトンネルも口を開けて迎えてくれます。

三島湖に近づくにつれ、橋を渡ることが多くなってきました。橋の途中でペダルを休め、欄干からのぞけば、水面を隠す紅葉した木々が目に飛び込んできます。その横をスピードを上げた車が何台も通り過ぎていきました。おそらく車のなかからではその景色は見えません。

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そして、ある橋の欄干からの眺めのなかに、赤い吊り橋が架かっているのを見つけました。その少し先の吊り橋まで自転車で行ってみました。地元の方しか使わない橋なのでしょう。狭い吊り橋の途中からは、遠くに滝が見えました。今日一番の景色に、自転車でここまで来られたことに満足する自分がいました。少し右膝も痛み始めたので、今日はこの先にある三島湖まで走り、帰ることに決めました。

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三島湖を見届け帰途についたのですが、右膝の痛みが徐々に強くなりました。午後1時過ぎ、遂には自転車を降り、歩きながらウォーカーズのクッキーを2本だけ食べ、昼食としました。いつもよりおいしく、いつもよりありがたい。

乗っては休むことをくり返し、下り坂で距離を稼ぎ、トンネルを抜け、ようやくにぎやかな通りまで出て、最初に見つけた薬局で膝のサポーターを買い求めました。そのときキネシオテープ(ケガの際に用いられるテーピング用の伸縮性のあるテープ)にするか迷ったのですが、この判断はどうやらまちがっていたようです。続けて運動するのであれば、キネシオテープのほうが有効だった気がします。

考えてみれば、冬場は膝の痛みが出やすいのに、僕は準備運動を怠って走りはじめてしまいました。「立ちゴケ」で右膝を打ち、さらに筋肉痛が重なったのでしょう。それにそもそもキネシオテープくらいは持参すべきだったのです。単独走行のため、頼りになるのは自分ひとり。なんとか暗くなるまでに館山へたどり着きたい。そこで地図と相談し、来た道ではなく、距離的には少し遠くなりますが、山間部を避けて東に進んで外房まで出て、海沿いの道でもどる判断をしました。

右膝の痛みに耐えながらほぼ平坦な道を走り続け、ようやく海が見えたときは、思わず「よし!」と小さく声を上げてしまいました。

つづく

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2016年11月23日 (水)

スピードを落とせば、見えてくるものがある

今日はJリーグのチャンピオンシップの準決勝があったのだけれど、少し前の話を書こうかと思います。自転車に乗って日帰りの旅をしたときのこと。最近始めたTwitter

https://twitter.com/@startsfromhere

ではタイムリーに短く紹介したのですが、書けなかったこともあったので。

まずは先週の16日の夕方、車に自転車を積んで千葉県南房総へ。翌日、館山を基地にして、自転車の日帰りの旅へ出ました。朝早く起きて早めに出発すればよいものを、午前9時にようやくスタート。内陸の山間部の道を進み、養老渓谷を目指しました。

しかし途中、我が家の庭にもある、ひめつるそばの見事な群生を見つけ、ブレーキをかけたところ、自転車用シューズをペダルに装着していたため、足を地面に着けることができず、「立ちゴケ」。初心者にはよくある自損事故。倒れた際、右手のひら、右膝を打ってしまいました。右手はサイクリング用のグローブをしていたため、軽い打撲ですみました。

先を急ごうと走りはじめますが、「あれ?」、通り過ぎたお店の軒先に気になるものが吊されていました。庭に置いたり、飾ったりしたら、面白そうに思えたものです。帰りに寄ろうかと思ったのですが、物事をあとまわしにすると、あまりよい結果は得られません。200メートルくらい行き過ぎてから、思い切って引き返しました。

そこは不思議な雰囲気のお宅でした。お土産屋さんかなにかかと思ったのですが、どうもそうではなさそうです。ツルで編まれた籠、まつぼっくりや木の実を使った飾りもの、民芸品のようなものが、たくさん天井から吊されていたのです。僕の好きな流木のような切り株もいくつか置いてありました。サッシの奥もまた、同じような空間になっており、そこにおじいさんが座って作業をしているのを見つけ、声をかけ、話を伺わせていただきました。

おじいさんの話では、すべて近くの山から採集してきたものから作ったとのことでした。僕はいたく感激し、隣のガレージにもあるという彼の作品も拝見させていただきました。値札などはついておらず、べつに売るつもりで作っているわけではない、とのこと。作り始めてから10年の歳月が経つそうです。実際、気に入ったものを持っていきなさいと言ってくださいました。不思議な仙人のような温厚な方で、すぐに親しくなれました。

残念ながら僕は荷物の積めない自転車のため、おじいさんが選んでくれたハンドルにぶら下げられる作品を頂戴し、再び走りはじめました。

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そんな寄り道ばかりしているので、なかなか先へは進みません。半ばあきらめ、内陸部から鴨川方面へ進み、急斜面に残された棚田、大山千枚田を目指しました。しかしそこへの坂道が辛かった。けれど里山の風景のなかに広がる棚田には、稲が刈り取られたあとということもあってか、人の姿はほとんどなく、のんびり眺めることができました。

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走りはじめた僕は、大山千枚田から34号線にもどり、410号線を三島湖方面へ北上しました。

つづく。

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